こんにちは。こんばんわ。
いやー。ちょっと脳みそがエネルギー切れというか疲れまして。
果てしない何かに向き合っていると、ふと脳が無になる瞬間があるんですよね。
で、いま目の前に編集ソフトがいくつか開いてるんですけど、今はそっちじゃなくてブログを書きたくなって、ペン(キーボードですが)をとっています。
なんでかっていうと――
ギルギルタウンの「プロセス価値」の話を、ちゃんと僕の言葉で残しておきたくなったからです。
前にも少し触れましたが、今日はもう一歩だけ奥まで行ってみます。
本編よりメイキングを見てしまう病、発症歴が長い
以前のブログでも少し話したんですが、僕、小さい頃からずっとビハインド・ザ・シーンが好きなんですよ。
映画でもアニメでも、なんなら音楽でも。メイキングとか制作現場の舞台裏ですね。
たぶん人生の総視聴時間でいうと、本編より舞台裏のほうが長いまであります。
なんでそんなに好きなの?と聞かれると昔はうまく言えなかったんですが、仕事を色々やってきて最近やっと言語化できました。
僕が舞台裏で見たいのは、機材とか〇〇監督のテクニック‥みたいなのもそうですが、それ以上に――
「この映像で何を伝えるか」という目的に向かって、その場の全員が自分の役割の100%、150%、1000%を持ち寄っている瞬間
なんですよ。
わかりやすくいうと、
カメラなら「どういうワークで撮れば、その意図が立つか」。
編集なら「どの間で、どの順番で、何を削れば届くか」。
カラーなら「この温度、この孤独、このメッセージを色でどう出すか」。みたいな。
そして、その過程で飛び交う会話が肝なんです。
「その色は違うでしょ」
「そのカット割りだと、メッセージが逃げる」
「そこ、気持ちよくしすぎると嘘っぽくなる」
こういうやり取りの熱量って、時々、本編のメッセージを凌駕してくることがあります。
もちろん本編が主役なんですが、舞台裏の熱が主役を食う瞬間がある。
僕らはおそらく、故スティーブ・ジョブズが残した「プロセスそのものが報酬である”The journey is the reward”」という言葉の通り、作る過程の熱狂自体に魅了されているんだと思います。
氷山に衝突するタイタニック号の船内にいるような感覚を観客に与えたいと考えたキャメロン監督。
実物大のタイタニック号の模型を作り、沈没しながら船尾が上昇するよう0度から90度まで動く甲板のセットまで用意。
ちなみに、海に沈みゆく船の内部のシーンでは、約6400万リットルもの水が実際に使われたらしい。
それらは全て、伝播させたい感情を、最大限視聴者に届けるため。
ここまで書いて気づいたんですが、僕がひとつ大きな価値としておいているのってつまり、 作品そのもの以上に、作品が生まれる瞬間のエネルギーなんですよね。
文字にするとだいぶ暑苦しく、胡散臭い。バックスペースを押したくなりますが、今日はなんか気分的にこのままいこう。
そしてこれ、ギルギルタウンの話に直結します。れっつごー。
「もうお金、戻ってきてます」って言われたら、そりゃもう‥
最近、ある会社さんのブランドムービーを作っていました。
まだ完パケ前なのと、あえて今回は最終制作物を見せずで詳しくは伏せますが、結構な規模で、企画も撮影も、わりとゴリゴリの現場でした。
発端は、ある経営者の方の個人的な悩みや考えも含んだお話で。
会社の理念を外に出したい、というだけでなく、社員さん一人ひとりの人生も含めて、ちゃんと記録として残したい――という、決して軽くは扱えないテーマでした。
だから当然、議論も増えるし、ロケも増える。国内だけでなく海外複数箇所。
飛行機移動、そのまま深夜議論からの早朝撮影。etc。
正直、体力と脳みそのゲージは赤点滅ギリギリになります。

参考事例動画を寝ながらチェックする筆者。
そのなかで僕は監督として、弊社クリエイター浅賀と共に、目が血走るまで考え議論し、クライアントの皆さんとも、時にはお酒も一緒に、時にはカラオケマイクと一緒に、とにかく密にコミュニケーションをとりました。とらせていただきました。
そして、本編すべて撮り終わったタイミング。
撮影終わりに取締役の方からぽろっといただいた言葉が、なかなか刺さって抜けないのです。
「もう、ぶっちゃけ制作物がなくても、払ったお金は戻ってきてるようなもんです」
……いやもう‥ね。
そして、その言葉の真意を聞いて、完全にやられました。
制作の過程で、例えば、僕らは質問を投げ続けます――
「なんでこれをやるんですか?」
「誰に届けば成功なんですか?」
「自分にとっての過去の陰部は?」
「この会社って、何色ですか?その理由は?」
「つまり、食べ物で例えると?」
こういう話を、会議やロケハン、移動中や撮影の合間に、何度も何度も繰り返しました。
時には答えの出ない時間も一緒に過ごしました。

次の日起きて見返して、自分でも何書いたのか、たまにわからなくなる。

(立って話しているのが弊社クリエイター浅賀)
その積み重ねが、ただ外に出す動画を作るためだけでなく、社員さん一人ひとりの思考や視点を揺さぶり、会社が前に進むためのある種の内省とチームワークが強まる機会になっていたと言うんです。
まだ完パケ前なので、手綱を締めた上ですが、これがめちゃくちゃ嬉しくて。嬉しくて。
『星の王子さま』の作者であるサン=テグジュペリの有名な言葉に、こんなものがあります。
「船を造りたければ、男たちを森に集めて木を伐らせるのではなく、広大で無限の海への憧れを説け」
僕らがやっていたのは、もしかしたらこれに近いのかもしれません。
映像って、外部向けの発信物に見えますが、実は強烈に内部向けの要素を含んでいます。
横文字でいうところの、インナーブランディングってやつです。
会社が自分たちの言葉を探していく過程。
自分たちの歴史や痛み、誇りを、いったん机の上に並べ直す過程。
それって、会社そのものが整理されて、強くなる時間なんですよね。多分。
僕らが、実は映像制作ってそういう効果もありますよぉ!!むふふふん♡と事前に営業トークで売ったわけでもないし、そんな営業トークした時点で、誤った方向に言ってしまいかねない中で、向こうから同じ地点に着地してくれた。
ということで、心の中で静かにガッツポーズしました。
そして最近の仕事に限らずこれまでも、同じような言葉を何度かいただいています。
「ギルギルタウンと作ること自体が、刺激になった」
「普段考えない角度で考えさせられた」
「あのとき、意味わからなかったけど、制作が終わってはじめて理解できた」
Excelの使い方が上手くなった、撮り方がわかった、とかじゃなくて、物事の捉え方や、問いの立て方、なんならそれら超根本の部分。
僕ら、そこをめちゃくちゃしつこく深掘りするので、 そういった言葉を終わってからいただくんだと思います。
時にはタイミングによっては、圧になりかねないですが、本気なんです。
それを受け取ってもらえたとき、「ああ、これがギルギルタウンの一つの価値なんだな」と確信しました。
あぁ、その価値、良い刺激。
完成品だけじゃなく、途中の熱量でも勝負したい
ギルギルタウンは、単純規模だけで見たら、所謂大きな代理店さんのようにはいかない部分も正直あると思います。
でも、考えている量と質、特に「ギルギルとして、企画を爆発させるために相手をどうもっと巻き込むか」「どう対話を設計するか」みたいなところは、社内でも異常なくらい話し合っています。

今回、クリエイティブ制作の文脈で書きましたが、システム開発やその他事業でも同じです。
「どうしたら本音が出るか」
「今、この問いを投げるべきか、待つべきか」
「現場のクライアント用モニター、あえて置かずに、クライアントも制作陣もみんなで一緒に観ないか?」
「今日の会議の飲み物は、議論内容的にお茶にすべきか?温かいコーヒーにすべきか?」
「そうしたら、本当にお客さんの求める結果にしっかり繋がるのか?」
教育学の世界には、経験を振り返り、意味づけすることで学びが深まる経験学習というモデルがあり、組織論では心理的安全性が成果に直結すると言われます。(すみません、ここの部分は今調べて、初めて知りました)
僕ら全員がやっている泥臭いコミュニケーションは、結果的にそういう学習と成長が起きる場を作ることそのものなのかもしれません。そしてそういった場が、最後の成果に結びつくと信じているのかもしれません。
だから自分は、ギルギルタウンに触れた人たち、会社さんには、絶対に良い方向に行ってほしいと心の底から思っているし、チーム全員が同じ気持ちです。
最終成果物で感動してもらい、効果を出そうというのは大前提。
でもそれ以上に、作っている途中の時間が、その人の人生、さらにはその人たちの会社の未来を少しでも良くするのなら、もうそれだけで、この仕事やっててよかったって思えますし、時には何ならそれが一番とも思います。
「ギルギルタウンと一緒にやってよかった」
そう言っていただける人たちを一人でも多く増やし、その人たちがそれを伝播させて社会全体の何かが少しでも変わる。
そんなことも妄想しながら、毎日を生きていきたいと思います。
……というところで、目の前の編集ソフトに戻ろうかと思います。早く、、でもしっかり完成させないと。。。ぬぁ。。!楽しくなってきた!!
人生はだいたい、締切とレンダリング時間でできていますな。
今日はそんな、プロセス価値に取り憑かれている僕の話でした。 この余韻のまま、作業に戻ります。
ほんじゃまた。



