「身の丈」の幸福を知る時間

佐藤 大樹

大手総合商社に新卒入社。
海外貿易と新規事業開発に従事。TLOへ転職し、文部科学省系の大学発スタートアップ育成支援事業の運営と、支援対象への伴走、スタートアップの立ち上げおよび経営支援に関わる。
また大学系ベンチャーキャピタルのキャピタリストとして、ファンドの立ち上げから第1号案件の投資を経験。
その後株式会社ギルギルタウンを共同創業。経営管理・企画から制作現場のディレクション、内部統制など幅広く担当。

こんにちは。佐藤大樹です。

忙しいような忙しくないような、自分で仕事の時間を(ある程度は)コントロールしながら働けることにありがたみを感じながら過ごす毎日です。

今ソファでくつろぐ妻を見ながらふと思った「身の丈」についてちょっと書いてみたいと思います。

夜の数時間に実る身の丈

僕はギルギルタウンの創業メンバーで、労働基準法の外にいる取締役という立場なので、労働時間とは無縁の生活をしています。
といっても朝ちょっと早めに起きて、夜は普通に24時には寝ているので、ブラックだとは思ったことはありません。

ただ、その煽りを受けるのが家庭でして、基本的に日中の育児家事は妻に頼りきっています。
サラリーマンよりは日中の自由度がきくので、家で仕事して、昼は一緒に家でご飯を食べます。
日中のこどもの健診は連れて行ったりもできますし、夕方には帰宅してご飯とお風呂に入れたりもできます。
それごときでは家事と育児をやっているとはいえないのでまだまだ精進、精進です。

21時くらいには、うちのスーパーエース(妻)は、背中なでなでを5ストロークで寝かしつけるので、そこからがオトナの時間のはじまりです。
風呂もすませて、帰省のときにキャリーケースの半分を占領するジェラピケのもこもこを着込んだら(妻だけ)、準備完了です。

のそのそとそれぞれがやりたいことをしたり、リビングでおしゃべりしたりするお時間です。
妻は好きな相撲番付を見たり箱推ししている二子山部屋(狼雅、生田目、三田がんばれ〜)のYoutubeを、ソファでぐでんと見ている横で、僕は本を読みます。
スマホで医龍と土竜の唄の漫画も読みます。IKEAのオシャレに見える間接照明をつけて。

たまに「フェ、フェ」と娘が泣き出すと、2人で縦列隊形で駆け足で寝室に向かうのですが、家にいるおもしろおじさんの僕は寝かしつけでは役に立ちません。
神速のインパルスで妻が寝かしつけるとまた2人でリビングに戻る。
紅茶でも淹れようかなんて。ノンカフェインねとマイスイート妻。

この幸せがちょうど身の丈だなあと思う。

幸せの型枠を知ること

「身の丈に合っている」というと、どこかにもっと理想があるのに諦めて、今の現実に妥協しているように感じます。

だから「身の丈に合っている」という表現ではないなと思います。
この幸せが身の丈なんです。理想と現実がちょうどピッタリ合わさってる感覚があります。
これって僕の中では、クッキーの型抜きにミチミチに生地が入っているイメージなんですよね。

僕には幸せだと感じる「身の丈」の輪郭があって、それに満たないと足りないと感じてしまうし、型枠を超えてしまうとちょっと怖さすら感じてしまうと思います。
今200万円もらったら嬉しいけど、200億円もらったらちょっと怖いみたいな。

「幸せクッキー」の型枠の大きさや厚みを明確に定義できて、日常でその型枠をミチミチにできることがわかっていれば、不足や不満を感じず、ずっとハッピーなんだと思っています。

この感覚は、昨年訪れた屋久島で確信した気がします。

僕は社会人大学院生もしています。修士論文の審査会が通れば今年3月に卒業です。
学士は5年通っています。ということは修士も安心はできんということです。くわばらくわばら。

そんな社会人大学院の同期と一緒に「大人の修学旅行」と称して9月に3泊4日で屋久島を訪れました。
研究室の教授が屋久島に住んでいるので、研究室の合宿もかねた旅行です。

教授は自家焙煎の淹れる珈琲が格別に美味い僕のビジネスの師匠(勝手に門下生を自称)。
屋久島の宿でオヤジをやりながら大学院の教授を務め、企業の顧問もしているようです。

研究室のメンバーは30代は僕がひとりと、40代がひとりいるだけで、あとは50代と60代が中心。
それぞれの会社では社長だったり部長だったり、たぶん偉い人なんだろうけど、同期なので遠慮がない。

僕も遠慮がないし、オジサマたちも遠慮がない。
教授が宿泊プランを全てコーディネートしてくれる歪な役割分担で、いろんなプランを楽しみました。

屋久杉を見にいくトレッキングプランは、早朝4時に出発して18時くらいに帰ってくる超ハードな行程。
素人にはおすすめしないそうです。

車をおりて徒歩3分で同等の屋久杉を見れるのでそちらがおすすめです。
途中でお腹を壊して離脱する動物医療センターの院長に、膝の限界が来て撤退する理由を探していた建設会社の部長が帯同して離脱。
屋久杉の肥やしにならなくてとても安心しました。

もののけ姫のモデルの地である屋久島の苔むした森をカヤックで進むプランに参加しました。
写真左側で限界そうなのが尾てい骨にヒビが入りながらも来島した気合と根性のトレーナー会社の社長。
痛すぎて爆速でカヤックでもののけの森を疾走していく姿、悲哀と疲労と謎の達成感を楽しみました。

ウミガメの産卵地でもある屋久島の浜に日付が変わったころ孵化したウミガメの赤ちゃんを見に行くプランにも参加しました。
シーズン的に見れないだろうというアドバイスをかえりみず、深夜に1時間かけて突撃する鉄道会社の偉い人たち。
奇跡的に2匹見れた引きの強さ。

結局平たい言い方にしかならないんですが、僕の中での幸せ論は、成功、自由、お金、時間のそれ単体を追いかけていないところが肝だと思っています。

それらすべてを包み込む「関係性の空気密度」みたいなものを自分の幸福の基準に据えているんじゃないかなと思っています。
信頼できる人たちと、心理的に安全な距離感で、無理なく関わり続けたいと思える関係性の中に身を置けている状態、と言えるかもしれません。

もう少し噛み砕くと、誰かと一緒にいるときに無理に背伸びも、我慢も、演技もしなくていい、自分が自分のままでいても否定されないという安心感がある、それぞれが好きなことを好きにやっていてそれを面白がり合える空気がある、「もっと欲しい」「足りない」という感覚ではなく「これ以上はいらない」と自然に思える充足感があること。
この状態が続いていることを、僕は「身の丈の幸せ」と呼んでいるんじゃないかなと自分を自分で分析しています。

幸せとは、量や理想の高さではなく、自分が安心して居続けられる関係性の“ちょうどいいサイズ”を日常の中で満たし続けられている感覚のことなのかなあと。

気負わず自然に当たり前のようにこのスタンスと行動ができる人たちに囲まれていることが自分の幸せの身の丈を知ることのできる一歩な気がしました。

妻が寝るそうなのでこのへんで。