これから「は」正義の話をしよう

大矢根 翼

新卒でカルソニックカンセイ株式会社(現:マレリ株式会社)に入社、法人営業を担当。2021年に退職後はフリーライターとしてEC業界からモータースポーツ、教育機関まで幅広い取材記事を約500本執筆。
執筆記事は多くが数年経過後も検索トップに残り続けている。
並行してSEOディレクション、求人媒体開発などにも従事した経験を活かし、株式会社ギルギルタウンに参画。
ウェブ施策を担当。データを活用したユーザーインサイトに基づくコンテンツ制作を得意とする。

こんにちは。ポリス的動物の大矢根です。

アンパンマンは君さ。

話しづらいことは話さなければいい

「初対面の人と政治と宗教と野球の話はしない方がいい」ってよく言いますよね。
だから「カープ教の人間は岸田文雄に入れますよね」とかは推奨されません。

まあここまで極端ではないとしても、特に政治と宗教の話がセンシティブであると捉えられがちなことは事実。
鴨川でギターを弾いてる大学生に東欧の宗教対立の話をしたらドン引きされたことがあります。

僕の場合は「政治の話で離れるヤツは離れればいい」というスタイルで少ない友人と濃密なエコーチェンバーをやっているので問題ないのですが、波風を立てたくない方も多いでしょう。

そしたら話さなきゃいいんですよ。
天気の話でもすりゃあいいんです。

でもご注意を。
「花粉が酷い」とか言ったら戦後の林業政策の話を避けては通れませんからね。

「いや共感をベースとしたコミュニケーションなら」とかも危ういっすよ。

感性なんて宗教観の塊ですからね。
生贄とされた少年の心臓を生きたままえぐり出すアステカの自然観で共感されたら、僕はちょっとだけ怖い。
書いてみてそれはそれで面白い体験だなとは思ったけども。

正義は「話しやすさ」に宿る

さて、天気の話題すらアステカに封じられた僕たちが話しやすい話題ってなんでしょうね。

僕は正義だと思うんです。

無知のベールとか功利主義とかを引き合いに出してあーだこーだ言うわけではありません。
もっと即物的で、現実的で、生活的な話です。

目の前で餓死しそうな人がいるとすれば、その人に一片のパンを与えること

アンパンマンの遺書(岩波現代文庫)

これはやなせたかしが遺した普遍の正義。
これを否定できる人は、ガザを兵糧攻めしてるネタニヤフ以外にいないと思います。

飢えた人へ一片のパンを渡すことにすら「センシティブな話だな」と眉をひそめる人はいないでしょう。
いたとしたら僕は軽蔑するし、皆さんも軽蔑していいと思います。

つまり、あらゆる条件を削ぎ落したときに残る普遍的な正義こそ、僕たちが話題に困る相手と語り合うべきテーマなんです。
話が転がり始めたら、話題の行き先を右へ左へと転がしてそれを楽しめばいいじゃないですか。

正義という共通の話題を手にした人同士の間には信頼関係が生まれています。
信頼関係は徐々に広がりながら深まっていくものです。

信頼できる相手に自己開示をしながら、相手のことを少しずつ知っていく営み。
これ自体が放っておけば憎みあってしまう人類に与えられた、もうひとつの普遍的な正義の形かもしれません。