こんにちは。こんばんわ。
佐藤亮太でございます。
好きな食べ物、好きなガジェット、好きなカメラ。
世の中「好きな◯◯」って溢れてるじゃないですか。
で、僕も一応そういうの言えるしあるんですけど。
実はその中で、ずっと意識してるものがあります。
好きな重さ。
これです。
奇を衒っているわけじゃないんですよ。
あの「持った瞬間に、心がうなずく」感じ。
味とか見た目より先に、手のひらが「好き‥//」って言ってくるやつ。
めちゃくちゃ好き。
今日はそれの話をします。重さの話。
読者の皆さん、ついてきてください。
置いていかないで。
謝罪は言葉じゃない、重量だ。
虎屋の羊羹ってあるじゃないですか。
和菓子界のマスボス。和菓子界のラストダンジョン。
あれ、当然美味しいし、歴史もあるし、包装の画力も強いし、全部強いんです。

でもね。僕が思う「虎屋が虎屋たる最大の理由」、別に味とか格とかじゃなくて
そう‥やはり、重さなんですよ。
持った瞬間の、ずっしり。
「お、お前…中に何入ってんの?」みたいな密度。
あれが、たまらない。
で、虎屋の羊羹、謝罪の手土産って言われること多いじゃないですか。
てか、もう謝罪に持っていきすぎて、逆にネタ化してる空気すらある。
謝罪=虎屋がテンプレすぎて、逆に薄まるみたいなやつです。
でも、謝罪に必要なのって結局、誠意なわけで。
誠意って、言葉で言うの難しいんですよね。
そこで羊羹です。
もし謝りに行くのに、ふわっふわの軽いお菓子を持っていったらどうなるか。
例えば「ふわふわきなこせんべい」みたいなやつ。
軽い。
軽いってことは、手に持ったときの気合いが軽い。
一方で虎屋の羊羹。
重い。
その瞬間、相手の脳内でこう変換されるんですよ。たぶん。
- 羊羹が重い
- つまり、この人の気持ちも重い(気がする)
- よって、誠意がある(気がする)
いや、論理としてはめちゃくちゃなんですけど、
手のひらに伝わる重量って、ある種の感情の字幕なんですよね。
実際に、お詫びの品の定番商品には、重さのある商品が並んでいますし、巷のサイトでもそういう紹介をされています。
謝罪文より先に重量で語ってくる。
虎屋の羊羹、こわい。強い。好き。
ギャップで人は落ちる:スニッカーズと粉洗剤と分銅
そんでですね。つまり。
重さの快感って、たぶん「重いこと」そのものより、見た目とのギャップなんですよ。

スニッカーズ、この子もそう。
チョコバーってだいたい細身で、パッと見「僕、軽食」みたいな顔してるじゃないですか。
でも持つと、
「おっ…」
ってなる。
あの「外見から想像できない、みちみち感」。
詰まってる感じ。
実際、中にナッツとかキャラメルとか、物理的に詰まってるんですけど。
で、同じ方向性で僕が好きなのが、粉洗剤。

アタックとかの、紙箱のやつ。
見た目は軽そうなんですよ。だって箱だし。紙だし。色も明るいし。
でも薬局で持つと、意外と重い。
あの瞬間、僕はちょっとだけ心の中で拍手します。
「おお、入ってる!!」ってかんじで。
そして、このギャップ重さ萌えの原体験、多分小学校なんですよね。
理科室で使う、あの重さ測るやつ。
天秤と、分銅。

分銅って、ちっちゃくてかわいい顔してるくせに、
持つと「え、君このサイズでそんな重いの?」ってなるじゃないですか。
あれ、めちゃくちゃ良い。
かわいいのに重い。
小さいのに強い。
この、見た目で油断させてからの重量パンチ。
人間、弱いんですよ。落ちるんですよ。
で、これって物だけじゃなくて、人にも起きるんです。
いかにも軽薄そうなニヤニヤした兄ちゃんが、急に深い話したら、ちょっと「ん?」ってなるじゃないですか。
あれも同じ。
外見の想定を、内側が超えてくると、僕らは勝手に惚れる。
分銅も兄ちゃんも、惚れるプロセスは一緒なんです。
逆に、期待して軽いと、心がスン…となる。
好きな重さがあるなら、嫌いな重さもあります。
その代表が、そう、チョコビ。

あのお菓子、見た目がちょっと期待させてくるんですよね。
パッケージの感じとか、なんか「そこそこ詰まってそう」な顔してる。
でも、持つと軽い。
軽すぎる。
浮くんじゃないか?ってくらい軽い。もはや風船。
あの瞬間、心がスン…ってなる。
「え、そんな感じなんだ…」ってなる。
つまり僕は、味の前にすでに、手のひらでテンションが上下してるんですよね。
重さで。
逆に(という表現が正しいのかわかりませんが)
ダンベルは外見とのイメージ通りで、それはそれで期待を超えてこないというか、なんか期待通りというか。
それはそれで、ガッカリするわけですよ。

あぁ、面白き人生ですよ。
重さで。
今日も僕は、重量にだまされて生きている。
結局、僕が好きなのは「重さ」っていうより、
見た目と中身のズレなのかもしれません。
虎屋の羊羹のずっしり。
スニッカーズの詰まりっぷり。
粉洗剤の意外な重量。
分銅の小さな暴力。
そして、チョコビの軽さと、ダンベルの想定通りにがっかりする僕。
外見で想像して、手に取って、裏切られて、好きになったり冷めたりして。
――なんかもう、それって人生そのものじゃないですか。
あぁ、だから今日は、なんか教訓とかは書かなくていいや。
「人を外見で判断するな」みたいな綺麗なことも、言えなくはないけど、たぶん僕は明日も普通に外見と重さのギャップで判断します。
人間だもの。
ただ、手に取ったときに「おっ」と思える重さに出会うと、
それだけでちょっと気分が良くなる。
それで十分。
僕は今日も、重さに恋して、たまに外して、
まあそんな日もあるよねって顔で生きていきます。
あなたの好きな重さは何ですか?
ほんじゃまた。



