最近車を買いました。
大学生のころから欲しかった憧れの車です。最高の気分です。
「うわ〜おれの車がいっちゃんかっこええ〜」ってリアルに口に出して毎日乗っています。
そうやって「モノ」を買い揃えていく満足感、最高です。
ただ僕の中でずっと指針になっているのは「モノによる満足感って、寿命が短い」ということです。
その思想の源流は、高校生から続けている日記にあるな、と最近思いました。
日記マン佐藤
最初は、野球部だったころ、部内で回す野球ノートと呼ばれる反省と決意を書き殴ったキャンパスノートでした。
読み返すと、とても他人には見せられないような ”アツい” メッセージが躍り出てくるので、「あの時僕はこう考えて、あいつとこんなことをしてたんだ」と思い出すことができます。
一方で、ひとつだけ気づいたことがありました。
結構な頻度で後悔が綴られていたのです。
「あの後輩の女の子に声かけておけばよかった」とか「後輩の指導をちゃんとすればよかった」とか。
「振られる覚悟でアタックすればよかった」、とか。
実に下世話で後学のためにならないような恋愛脳情報群でした。
もっと勉強になりそうなことを書いておいてくれ過去のおれ、、、
こんな感じで後から眺めてみると、人に関連する後悔が圧倒的に多いことに気づきました。
そこで、大学生になってから自分の中で一つの指針を決めました。
自分で稼いだお金は、これまで出会ってきた人、そしてこれから出会うであろう「人」に関わる系統に使う。
略して、「稼いだお金は『出会い系』に使う」です。
師匠が教えてくれた「関係性のメンテナンス」
僕には「ビジネスの師匠」と勝手に仰いでいる人がいます。
その人は、とにかく人に会います。
朝、昼、晩の食事はだれかに会って食事をするそうです。
一日のスケジュールが「誰かと会う時間」で埋め尽くされているらしいです。
(と言いながら60歳をすぎても奥さんにメロメロなので、結構家にいるみたいですが笑 そのへんも見習います!)
ビジネスとしてのメリットがあるから会う、という乾いた理由ではやれないだろうと思います。
たとえ仕事に関係がなかろうが、「この人に会いたい」と思えば、年に一回は必ず対面で会う時間を確保するそうです。
これって、ものすごいコストとエネルギーが必要だと思います。
移動費もかかる。食費もかかる。何より「時間」という人生の資産を投じている。
「関係性を維持する努力」+ 「会いたい人に、会いに行くエネルギー」を、
「面倒くささ」+「コスト」が上回ったら僕という人間は終わりだと思っています。
親に会える時間、友達とくだらない話をする時間、家族と過ごす時間。
そのために、僕は稼いだお金をすべて注ぎ込みたい。
タイムワープ理論と人間関係の逆算
メジャーリーガーのダルビッシュ有選手が語っていた「タイムワープ理論」というものがあります。
ざっくり言うと、「今の自分は、40歳や50歳、あるいは60歳になった未来の自分が、人生を後悔して、過去にタイムワープして戻ってきた姿だ」と思い込んで生きる、という考え方です。
「ああ、もっとあの時に親と会っておけばよかった」
「あの友人と疎遠にならなければよかった」
「もっと勇気を出して、あの人に会いに行けばよかった」
40代、50代の節目節目で、僕は絶対に後悔すると思うんです。
その「未来の後悔」を、今この瞬間に先回りして解消しにいく。
そう考えると、一見「非効率」に見える、仕事に直結しない飲み会や、遠く離れた友人を訪ねる旅費、親と一緒に食事をする時間にかけるお金が、どれほど価値のある投資かがわかります。
人生の終盤に、「あの時、お金を貯め込んで銀行残高を眺めていた時間」を思い出す人はいないでしょう。
それよりも、「あの時、無理してでも会いに行って、アホほど笑った」という記憶の方をぼくは大事にしたい。
……と、ここまでそれらしい話を展開してきましたが、結局は、ただの「寂しがり屋」なんですけどね。
自分の給料を使って、誰かと美味しいものを食べ、見たことのない景色や時間を共有し、一緒に過ごす。
それが「出会い系」という言葉の、僕なりの真意です。
どうかこの記事を妻が斜め読みして誤解しませんように。



