神に近い米を、フライパンに落としたら

祇園 涼介

新卒で大手総合商社に入社。退職後、国産ジーンズブランドRockwell Japanを創業。ゼロからのブランド運営で培った発信力と経験を活かし、知られていない企業の魅力発掘と認知度向上に貢献するため当社を共同創業。
ABEMA TV「ABEMA NEWS」、テレビ朝日「激レアさんを連れてきた」、日本テレビ「スッキリ」オープニング出演などその他多数メディア掲載・出演。

贅沢とは何か。
調べてみると、必要以上にお金・時間・労力・モノを使うことらしい。

たしかに、分かりやすい贅沢はある。

回らない寿司屋で、カウンターに座り、
特に記念日でもないのに一晩で2万円を払うこと。

鍋の具材に、彩りという理由だけで
どこの誰かも分からない草や実を入れること。

素人のくせに、乗馬体験でディープインパクトの血を引く馬の背にまたがること。

どれも贅沢だ。
やらなくていいことを、わざわざやる。
短期的な満足のためだけに、資源を溶かす行為。

でも、もう少し踏み込んで考えると、
世の中にはもっと質の高い、刺激的な贅沢がある。

それは、
価値のあるものを、台無しにする贅沢だ。


私はロンドンに留学していたことがある。
世界一メシがまずい国として、
まあまあの地位を築いているイギリスだ。

そんなロンドンに、
ジャパンセンターという日本食輸入ショップがあり、私にとっては、ほぼ避難所だった。

ただし、日本とイギリスの距離は残酷で、
納豆1パック400円。
豆腐は1丁600円を超える。

値段を見てから一度深呼吸しないと、手に取れない。

そんな環境で、
私はある日、ムシャクシャしていた。

理由は覚えていない。
たぶん天気か、英語か、人生だ。

私はズカズカとガニ股で足を進め、ジャパンセンターに突撃した。
入るや否や、米袋を鷲掴みにして、新潟・魚沼産コシヒカリを買ってやった。イギリス価格で。

もはや値段が高いこと自体が、腹いせの対象だった。


足早に帰宅し、
それをシェアハウス備え付けのイギリス製ライスクッカーで炊いた。

業界の最低到達点、雑魚中の雑魚家電がコイツである。

水は目分量。
炊くというより、
「なんか温める」に近い。

私はその機械のことを、
密かにコンポストと呼んでいた。

当然、
この装置を通過した米を
日本男児の喉にそのまま通すことなどできない。

そこで私は、
フライパンに放り込み、
野菜くずと一緒に炒め、
チャーハンにした。


ご存知、魚沼産コシヒカリは、米大国ニッポンのコメドコロ新潟で生まれた、最も神に近い米である。潤沢な水分を含み、粒が立ち、舌に乗せた瞬間、その甘みがブワッと広がる。その旨みは他のおかずなど必要ともせず、茶碗一杯のそれのみで堪能できるほどの代物。いわば食卓の王。いや、やはり神といって差し支えないだろう。

つまるところ、
チャーハンに一切向いていないのだ。

最高級の米を使い、
コンポストを経由し、
ベチャベチャになったチャーハンを
私は無言で胃に流し込んだ。

ぐはぁ。

これぞ、
贅沢の極みだった。


あとから気づいた。

本当の贅沢とは、
高いものを手に入れることではない。

自分でも扱いきれない価値を、
自分の裁量で台無しにすること。

そしてそれをちゃんと自覚しながら、体に流し込むこと。

あのとき私は、魚沼産コシヒカリを食べたのではない。

価値を壊す自由を味わっていたのだと思う。

たぶん、
あれはかなり贅沢だった。

あのとき分かったのは、
価値の高さは、扱い方を縛るものじゃないということだ。

むしろ、
どう扱うかを自分で決められること自体が、いちばんの贅沢なのかもしれない。

これからの人生でも、
私はきっと、ちゃんとしたものをちゃんと使わないだろう。

たまに台無しにして、
たまに後悔して、
それでも自分の手で選んだ味を、ちゃんと飲み込んでいく。

あのチャーハンはまずかった。
でも、あれ以上に自由な食事は、今のところ思い当たらない。