いろんな事情が重なり、私はしばらく妻の実家に住むことになった。
妻とは中学の同級生で、実家同士もとても近い。
妻の実家の隣には、同じく中学の同級生のおーやんが住んでいる。
中学時代、クラスが同じだったり、塾に一緒に通っていた友人だ。
久しぶりにおーやんと話をした。
元気そうだった。
仕事の話もしてくれたし、悩みのようなものも抱えていそうだった。
あの、おーやんがである。
中学一年生の頃、シモさんという女の子がいた。
成績がずば抜けて良く、5教科で498点を取るような
もはや教育委員会案件の怪物だ。
ある日の社会のテストに、
「世界最古の人類を、カタカナで答えなさい。」
という問題が出た。
答えはアウストラロピテクス。猿人だ。
これはある種の引っ掛け問題で、
答えが猿人だと分かっていても、そのまま書くと不正解になる問題だ。
この問題で、シモさんは2点を落とした。
「カタカナで」を勘違いして、
猿人のことをエンジンと書いたらしい。
テストの中では、
それはほんの小さな落とし穴だった。
おーやんは、斜め後ろの席に座っていた。
通路を挟んで、シモさんの解答用紙がぼんやりと視界に入ったという。
シモさんが落ちたその穴に、
後ろから追いかけるようにして、
おーやんも落ちた。
おーやんが答えたのは、
世界最古の人類、「エジソン」だった。
高校を卒業したおーやんは大阪に就職して、一人暮らしを始めた。
毎日パチンコ屋に行ってはお金を失い、
1日1杯のカップラーメンで生活していたそうだ。
帰省したとき、
「一人暮らしってほんま怖えわぁ」
と漏らした。怖いのはパチンコの方なのに。
岡山に戻ってからも、おーやんは車を何台か廃車にしている。
居眠り運転で壁にぶつかったらしい。
理由を聞くと、
「だってねみかったんじゃもん」
と教えてくれた。
ある日、おーやんはおじいちゃんの畑を手伝いに行き、
実の祖父にトラクターで轢かれた。
救急車で搬送される途中、
友人の結婚式に行けなくなったことを
担架の上から電話で伝えたそうだ。
それでも、おーやんは楽しそうに暮らしている。
仕事も続けているし、周囲からも変わらず愛されている。
私が知っているおーやんらしさも、
ほとんど変わっていない。
最近は、今の仕事に加えて
勉強のためにとコールセンターの仕事も始めたらしい。
なんでも、敬語が使えるようになると良い。
と気づいたからだという。
私は、今も昔もおーやんが好きだ。
隣人として暮らせていることを、素直に嬉しく思っている。
人生は、
あまり身構えすぎなくてもいいのかもしれない。
社会を軽く見るというより、
重く見すぎない、という感じだ。
世の中は、
思っているよりも複雑で、
同時に、思っているよりも単純なのかもしれない。
おーやんは今日も、
世界最古かどうかはさておき、
自分なりの発明を続けながら暮らしている。



