「君に期待しているよ」
今ワクワクしましたか?背筋が冷たくなりましたか?
何気なく上司から投げかけられる言葉ですが、僕はかなり怖い表現だなと思っています。
小話を2つほどしたいと思います。
荷物が飛ばせねえ!
昔の職場で緊急案件を任されたことがありました。
国内にあるA社の商品を海外のB社に緊急で航空輸送するという業務です。
普段は船で輸送するのですが、緊急なので飛行機の貨物スペースを占領して輸送する大仕事です。
コストもものすごいです。
これまで緊急案件は触れたことがなかった僕は、見聞きした情報だけで業務にあたりました。
結果的にまったく輸送ルートを手配できず、残念ながら自分だけではどうしようもなくなり、上司にヘルプをお願いすることになってしまいました。
業務が全て片付いた後に、上司から「君に期待してこの業務を任せたんだが、正直この結果は残念」というお言葉をもらいました。
「いや、まあ確かにその業務を任されたけどさ、おれもフルパワーで頑張ったんだけどな。
何が足らなかったんだろう。期待に応えられずすみません。」
と思ったのが今でも棘のように心へ刺さっています。
きっと僕の業務的な実力も理解した上で、ちょっとストレッチの効いた業務をやれると踏んで”期待”してくれたのは理解してますし、全く恨み節ではないので、そこは誤解なきよう。
その会社を辞めた後、酸いも甘いも経験させてもらったことで、”期待”したら相手がちゃんと”期待”したゴールまで正確に走り切れるとは限らないなと実感をもって思いました。
最近子育てをしていると、同じようなことを思いました。
8ヶ月になる娘にそろそろズリ這いで僕の方に来て欲しいと”期待”しても、ズリ這いのやり方をやって見せても、娘は圧倒的に後ろにバックしていく。それはそれで可愛いのでいいんだけどね。
山本五十六の言葉のように、やってみせても人は動かじ。期待だけしてたらなおのこと。
もうひとつお話を。
2500日の空白
高校・大学と超仲良しの友人がいました。
どの飲み会でもどの旅行でも必ず一緒にいました。
当時、僕は「やってみたいと思ったら飛びつくタイプ」、彼は「やってみたいことがあっても先に脳内で逡巡するタイプ」だったと思います。
モラトリアムを謳歌する中で、将来の不安とか、自分の人生とか、仕事とかの話も増えていた大学2年生。
僕はあまりにも動き出さない(ように僕からは見えていただけなのかもしれない)彼にだんだんと苛立ちを覚えていていました。
ある日、僕の下宿先のアパートで夜通し喋り倒していた日、僕が発した「ごちゃごちゃ考えんと、さっさとやればいいやろうが!」
部屋に流れたのは冷めた雰囲気と彼の苦笑い。
苦笑に包まれてその場がお開きになった日の彼の顔を今でも覚えています。
翌朝、彼をひとり部屋に残し、授業に向かったきり、連絡をしなくなりました。常に誘い、誘われていた飲み会も旅行も別々でやるようになりました。
次にコンタクトを取ったのは7年後だったと思います。
彼は公務員を辞めて、所有する敷地の山で古民家喫茶店を開いていました。
山奥の出会いで「待つ喜び」を知った
同じ山では共通の友人が新しい企画を走らせていたタイミングでした。
コロナ真っ盛りでフルリモートワークをしていた僕にとって、こんな面白そうなことは「やらいでか!」
早速勝手にお邪魔しつつ首を突っ込ませてもらった結果、3人で古民家喫茶で会うようになりました。
そこからの雪解けはものすごく早かったです。
もっと早く僕から謝るべきだったし、僕が知らなかった彼の思考、行動、経験のエピソードがたくさん出てきて、その時間を一緒に過ごせたらなあと後悔がよぎりました。
でも、昔のように話せるようになったことが圧倒的に嬉しかった。
かつての僕は彼にかつての上司がぼくにしていたように期待をしていたんだと思います。
彼も自分と同じようにどんどん新しいことに飛びついたら、考えるよりも先に結果が得られて、どんどん良くなるのにと。
経験から導かれる思考の型とか、自分なりの美学とかの方が大事になってくるんだから、考える前にやってみようよ!
なんなら一緒にやらせてよ!お前のやりたいことならおれもやりたい!と。
今は、僕の考え方が良くなかったなと確信しています。
健康的なコミュニケーションで、お互いの信頼関係があったとしても、”期待”でつながるのはやめましょう(cv.大谷翔平)。
人それぞれ思考の型も行動の型も違いますし、思考から行動に移るアルゴリズムも違うと思います。
考え抜いて、逡巡する時間だって大事な経験値だし、考えた末の思考プロセスも大事だし、行動して経験することも大事だし。
どちらかに優劣はありません。
そんなことにようやく気づけました。
気づいた後に会社を創業してほんとによかった〜〜〜。
僕は待つことを信条にしました。
とにかく待つ。
僕ならこうするな!は伝えても、やるかどうかは相手次第。
どんなリアクション、思考、発言、行動が起きようとも全てを飲み込んで待つ。



