「好きを仕事にするな」に抗ってみた5年間

大矢根 翼

新卒でカルソニックカンセイ株式会社(現:マレリ株式会社)に入社、法人営業を担当。2021年に退職後はフリーライターとしてEC業界からモータースポーツ、教育機関まで幅広い取材記事を約500本執筆。
執筆記事は多くが数年経過後も検索トップに残り続けている。
並行してSEOディレクション、求人媒体開発などにも従事した経験を活かし、株式会社ギルギルタウンに参画。
ウェブ施策を担当。データを活用したユーザーインサイトに基づくコンテンツ制作を得意とする。

こんにちは。米が高くてキレそうな大矢根です。
好きな事ばっかりして周りに迷惑をかけながらも、なんとかここまで食いつないできました。

井戸の中の蛙、大海へ出る

人生イージー気味なモードでやらせていただいております。

五体満足に生まれ、大学まで学費を払ってもらえる家に育ち、前科者の比較的少ないコミュニティでぬくぬくと過ごして今年30歳になります。ちなみに飲み代を立て替えてもらったことは秒で忘れるため、友人からの集金は「現象」だと思っています。

そんな調子で生きていたら、ある日「俺って自分の好きなことで食っていけるんじゃねえかな」という、傲慢な万能感に包まれました。
この時点で会社員4年目、当然平社員の26歳。人生への「舐め」がピークに達した時期です。

一応根拠はあって、当時本格的に運営していたブログからお小遣い程度の収入が入っており、その業界の店舗に行くと僕のブログを使ってお客さんに商品説明をしている従業員を見かけるなどして調子に乗っておりました。

ここで僕は何をトチ狂ったか清水の舞台からダイブします。そう、脱サラ☆フリーランスです。
行けば分かるのですが、清水寺の舞台って飛び降りても下には樹木がびっしり生えていて、ワンチャン生還ルートありそうなんですよね。
僕のソレは紐なしバンジーでした。

急転直下の中で、僕は自分の位置エネルギーが急速に失われていくことを預金額で思い知ることになります。

スキル0、人脈0の脱サラはこうなる

さて、フリーランスになったからには仕事ってやつを貰う必要があります。
僕はブロガーなので、ライターの仕事を取っていこうと決めました。

そもそも「ブログ」と「MOROHAのイントロドン」しかスキルがなかったので、ライターになるという選択肢はある種必然でした。

さっそく僕はクラウドワークスのアカウントを作り、仕事探しをスタートしました。

仕事はあるかな~?






(^ω^)?




これが日本国に存在するライター業務のすべて?

ガチ無職誕生の瞬間です。元気な男の子ですよ。

ちなみにフリーランス初月の収入はブログの収入だけ。
預貯金のカウントダウンが始まりました。

仕事を探し続けるしか生きていく道はありません。
そりゃ就職するっていう道はあるのですが、当時の僕の眼中にはありませんでした。バカなので。

とにかくライター募集に片っ端からエントリー。

お祈り、お祈り、サイレント、お祈り、サイレント、サイレント、お祈り、お祈り

くらいの割合で、まあ仕事なんて回ってきません。
なんとか10件くらい仕事を貰えた段階で時点で、ライター市場ってやつがとんでもねえ魔境なことに気付きました。

ライター市場は大体こんな感じで形成されています。

つまり発注側は上図に対応して下記のような構成になっています。

  • 暇つぶしの専業主婦を狙って、時給換算すると絶対に労基法に抵触する低単価SEO案件を乱発する中抜き屋
  • リッチなコンテンツを作りたいがカネがないのでライターを買いたたく新興メディア
  • すでに記事制作を軸にしたビジネスが成立しており、上質なライターとの持続的な取引を望む媒体

つまり実績のないライターは低単価SEO案件をぐるぐる回り、たまに貰える低単価取材案件に一喜一憂しているしかないのです。
ちなみに最悪な中抜き屋は選考用のトライアル記事と称して記事を書かせ、対象者は落としておいてその記事だけ使ってきます。

こうして僕は「服を買いに行く服がない」というネットスラングの人生がかかったバージョン、「実績を積むための実績がない」に陥りました。

「優良案件にたどり着かなければ食べていく道はない」

低単価SEO案件に疲弊しながら3か月目くらいで確信した僕は、自分のブログを引っさげてちょっと尖ったWebメディアに企画を持ち込み始めました。

いくつかのメディアが関心を持ったり、実際に企画を採用してくれたことで、僕のライター人生には細い突破口が開きます。

今でもご縁があって記事を書かせていただいている企業の社長さんは、当時ほとんど実績のなかった僕との面接で「あとは実績か~~~」と言いつつ仕事をくれました。

もう感謝しかないですね。かれこれ150記事くらい書かせてもらい、幾度も訪れた破産の危機を救ってもらいました。

これからも書いていきますので何卒何卒…

言い訳きかなすぎて笑うしかねえ

そんなこんなあって、なんとかフル稼働すれば外食を我慢しつつご飯を食べられるくらいの収入を得られるようになりました。

とはいえライター業ってめちゃくちゃ頭を使うし、休憩や休息もあってないようなものです。
肩も腰も目も痛くなるし、たまには全然違う仕事もしたくなります。


<<<<<<<<<<<納期>>>>>>>>>




迫ってくるんだわ、納期が。
「あーこれが自転車操業ってヤツね」と思いながらキーボードをシバき倒す日々。

ライター稼業を辞めたっていい。
就職したっていい。
今ならまだ引き返せる。
まだ20代で、業界の中では悪くない会社で働いていた。
働き口ならきっとある。

毎秒脳裏をよぎる理性と、

お前が始めた物語だろ

感情がぶつかっては弾けて納期の後景に霧消していきました。

これで体を壊しても、心を病んでもすべて自己責任。
もう逃げ場なんてどこにも残っていないと思いながら仕事に明け暮れました。

そうは言っても子どもの誕生が迫り、仕事そのものにも疲れてきた僕は就職活動を始めました。
SEOにはある程度詳しくなっていたのでSEOコンサルの会社を何社か受験。

書類はほとんど通るのですが、面接で変なことを口走っては速攻お祈りが飛んできました。
毎回面接後に「あの発言はやばかったな~~」と脳内反省会をしていると、すかさずお祈りメールが飛んできていました。

就活の面接なんて8年ぶりで、面接の練習すら未経験。
新卒の面接も3社くらいしか受けていないので経験値が圧倒的に足りませんでした。

そうやって人間性の問題にふたをしてエントリーを続けました。

白旗を上げた自分を抱きしめてあげよう

すったもんだで僕はギルギルタウンに入ったわけですが、なんだかんだでフリーランス時代の経験が結構役に立っているなと思います。
ミクロなところでは会社が生み出すお金の勘所とか、業務委託で喜ばれる動き方とか。

そして改めて会社員になってみて、自分の過去を肯定できるのは自分しかいないと思うようになりました。
会社員よりフリーランスで稼いでいれば周りはその日々を肯定してくれるのでしょうが、すべてを失ったり終わったりしたときに「あの日々も悪くなかったな」と損得勘定を抜きにして思い返せるのは自分だけでしょう。

フリーランス時代は「ここで踏みとどまらないと未来の自分に嗤われる」という強迫観念に突き動かされていた部分がありました。一回会社員を辞めてるし。
そんな日々が終わってみると「お前わりとよくやってたよ」と思います。

だからいま頑張っている人は、疲れたら休んだりルートを変えてもいいと思いますよ。
今の選択を後悔するかどうかなんて誰にも、自分にもわからないんですから。

信念だと思っているものだって、見返すとくだらないこだわりだったりするもんです。

「自分を評価できるのは自分だけ」みたいに陳腐なフレーズに着地しそうですが、人は未来の自分の評価軸を知ることもできません。
「正しいと思った道を進みなさい」という話とも違うんですよね。

今には今の自分しかいなくて「将来の自分が微笑んでくれるすら不明」という事実を受け入れながら、日常の中で拾い集めた小さな幸せを正面から見つめたり味わったりする時間を大切にすることしかできないと思っています。

僕は文章を書いたりお酒を飲んだり音楽を聴いたりするのが好きなので、ドレスコーズを流しつつサッポロ黒ラベル片手にブログを書いているこの時間が結構幸せです。