コーラで胃を洗うということは

祇園 涼介

新卒で大手総合商社に入社。退職後、国産ジーンズブランドRockwell Japanを創業。ゼロからのブランド運営で培った発信力と経験を活かし、知られていない企業の魅力発掘と認知度向上に貢献するため当社を共同創業。
ABEMA TV「ABEMA NEWS」、テレビ朝日「激レアさんを連れてきた」、日本テレビ「スッキリ」オープニング出演などその他多数メディア掲載・出演。

「大樹さん、鍋で脱獄しましょうや!」

同じ大学で同級生になった私と佐藤大樹は、大学であったあれこれにブツクサと文句を言いながら、部屋にこもってよく鍋をしていた。

入学当初から大学に馴染めず、持て余した感情のやり場として、
徳用ウインナーをはじめ、あらゆるものを鍋に放り込んでいた。

野菜は気分で入る。肉は安さで決まる。
ウインナーだけは、なぜか常に主役だった。

味付けも毎回違う。
というより、同じにしようという意思がなかった。

その日その日の機嫌で、鍋の中身と味が決まる。
そして、その鍋をつつきながら、『プリズン・ブレイク』を見る。

なぜか毎回、脱獄は始まっていた。

ジョン・アブルッチが出てくると、
一旦、箸が止まる。

「いかちぃーーーーーー」と毎回言う。

シーノートが毎度の如く、雑な男気を見せてくると、少しだけ空気が良くなる。

フェルナンド・スクレが出てくると、なぜか安心して鍋をつつくペースが上がる。

「こいつおらんかったら無理やったっすねー」
と、これも毎回言う。

主人公マイケルについては、あまりにも綺麗すぎる顔立ちに緩んだお腹がついているのを、意外だ意外だ!とはしゃいだ。どういうわけか、完璧さよりも、その微妙な隙に安心していた。

自己投影というには、だいぶ雑だったと思う。
でも、あの時間の中では、それで十分だった。

そしてそれらをすべて、コーラで流し込んでやる。

ゴォゲェフッ!

うますぎる。鍋の熱と、炭酸の暴力性が、ちょうどいいバランスで体に入ってくる。

何を食べているのかは、あまり重要ではなかった気がする。

間違いなく、大学生活のハイライトの一つだと思う。
冬の間、二日に一回はやっていたので、少しハイライトを引きすぎな気もするが。

でも今になって思う。あの手の快楽は、ただの「瞬間」だったのだろう。強くて、分かりやすくて、その分だけ、何かを雑に削っていた。

今の私は、少し違う。

食事のときは、熱いお茶を飲む。食後にも、もう一杯飲む。
夕方にも、寝る前にも、隙があれば白湯を口にする。

鍋の途中にコーラで胃を洗浄するような生活からは、いつの間にか離れた。
胃を洗うことから足を洗った、と言えなくもない。

熱いお茶を飲む、という行為には、実は大きな意味がある。

まず、少しだけ手間がかかる。
急須とマグカップを用意して、お湯を沸かして、注いで、待つ。

ペットボトルなら一瞬で済むことを、わざわざ遠回りしている。

そして、熱いお茶は、ゆっくりとしか飲めない。急ぐことができないのだ。

効率で言えば、かなり悪い水分補給だと思う。
でもその非効率さが、そのまま「自分を雑に扱わない」という姿勢になる。

その点、あの鍋のコーラはどうだったか。

袋から鍋に移された食材を、今度は自分の胃に詰めて、さらにコーラで押し流す。浮き上がってくる炭酸と一緒に、余計なエアリー感を外に出す。容量が減ったペットボトルは、炭酸が抜けないようにと、大樹の持ち前の握力で強めに握りつぶす。もちろん、コカ・レッドボーイは、原型を留めてなどいない。

あの時間は、自分で自分を削って、かたちを変えて消費していく感じにどこか似ていた気がする。一時的な快楽や安らぎと引き換えに、大事な部分を少しずつ手放していたような、そんな時間だったのだろう。もちろん、あれも楽しかったのだけれど。

今は、自分で自分のために時間を使うことを、以前より大事に考えている。たとえ何もしていない一日でも、失敗した日でも、それをそのまま受け入れてちゃんと労うこと。

揺れないものは、そういうところからしか作られない。