キリンは、日々なにを考えて生きているのだろうか。
大人になったキリンには、ほとんど天敵がいない。
あのサイズ、あの視界の高さ、あの脚力。
サバンナ最強動物ランキングを作るなら、間違いなく上位に食い込む存在だ。
それにもかかわらず、キリンの数は年々減り続けている。
静かに、しかし確実に。(他の動物はまた今度)
最新の推定では、野生に約11万7,000頭のキリンが残るとされる。Save Giraffes Now
これは過去数十年で 約30〜40%の減少 を意味しており、1980年代には15万頭以上いたと推定されている。
サバンナの生態系を守ることは、
私が人生を賭けて成し遂げたいことの一つでもある。
その原点は、19歳の夏にある。
憧れの音──サバンナの洗礼
2014年。
ケニア奥地、ギルギルタウン近郊。
マタトゥ(乗り合いバス)を降り、
初めてサバンナの土を踏んだその瞬間、
すぐ近くで鈍い衝撃音が響いた。
「ボコンッ」
「ドカッ」
突然のことで何が起きたのか一瞬戸惑ったが、間違いない。
──そう、ネッキングだ。
キリンのオス同士が、
長い首をムチのように振り回し、
全力でぶつけ合う力比べ。
テレビ番組で何度も見たあの憧れの光景が、
目の前で起きていた。

正直、これを見られただけで
1万キロ移動してきた価値は十分すぎたと言っていい。
英語も話せず、海外経験はなし。
他の参加者と会話はほとんどできなかったが、
そこにいた全員が「これはヤバい」と感じていたことだけは、
空気で伝わってきた。
サバンナでの生活
私たちのチームは20人。
- ケニア人レンジャー 6人
- ヨーロッパ各地から来た女の子たち 13人
- そして、極東から来た19歳の私 1人
簡易的なロッジのような小屋で共同生活をしながら、
絶滅危惧種であるロスチャイルドキリンの生息環境を守る活動を行っていた。
やることはシンプルだが、過酷だった。
- 外来植物の除去
- 密猟者のパトロール
- フェンスの修繕
- 在来植物の植栽
- キリンの追跡・個体記録
- カメラトラップの設置
- 野鳥観察
- 野外バレーボール
これがほぼ全て。
正直、19歳の祇園青年にはきつかった。
何度も「帰りたい」と思ってはカレンダーを眺めた。
でもそれ以上に、
太陽が昇ったら起きて、沈んだら寝る
この原始的な生活リズムがもたらす多幸感が、
とてつもなかった。
人間は、本来こうやって生きる生き物なのかもしれない。
そう思わせる力が、サバンナにはあった。

「キリン」といっても
ここで一応少し整理しておきたい。
一口に「キリン」と言っても、
実は現在、4つの種に分類されている。
覚えるなら、これだけで十分だ。
- アミメキリン
- ケープキリン
- マサイキリン
- キタキリン
それぞれ特徴がはっきりしていて、
一度知ると動物園が少し楽しくなる。
アミメキリン
動物園でよく見るやつ。
- 模様が白い線でくっきり区切られている
- ぬいぐるみ・イラストにしやすい感じ
- いかにもキリンという見た目

ケープキリン
こちらも動物園で比較的よく見かける。
- 斑点が大きめ
- なんとなく落ち着いた印象
- 南部アフリカに多いらしい

マサイキリン
デカい。
- キリン界最大サイズ
- 模様がギザギザで個性的
- 迫力が段違いだった

キタキリン
少しマニア向けか。
- 斑点が小さめ
- ツノ(オシコーン)が大きい
- さらに4つの亜種に分かれる
- ロスチャイルドキリンもこの仲間
- ロスチャイルドキリンは足が白く斑点がない(別名:ホワイトソックス、ウガンダキリン)
私が保全活動をしていたのは、
このロスチャイルドキリンを守るためだった。

最強なのに、脆い。
キリンは強い。
本当に強い。
それでも、人間の都合には勝てない。
農地開発、フェンス、密猟、内戦。
首が長くて、足が速くて、視界が広くても、
生きる場所そのものが壊れれば、生きてはいけない。
サバンナでキリンを見上げながら、
私は初めて「環境」というものを、
知識ではなく、身体で理解した気がした。
キリンは今日も、
何も語らず、ただ草を食み、歩き続けている。
彼らがこれからも当たり前に首を伸ばせる世界を残せるかどうかは、
完全に人間次第だ。
あえて正論を言えば、
人間の活動によって生きられなくなるのも、生物の宿命なのだろう。
でも、正論は決して感動を超えてこない。
あの日見たキリンの姿は、
脳みそを経由して理解した何かではなかった。
全身に、直接ぶつかってきた衝撃だった。
この原体験が、
今の私の価値観をつくり、
人生の軸を静かに、しかし確実に定めた。
人間のエゴによって絶滅しかけているキリンを、
人間のエゴで生かそうとする。
その矛盾そのものに、私は人生を賭けたい。
そしてきっと、
これから先もずっと、
あの日サバンナで見上げたキリンは、
私の中で首を伸ばし続けているのだと思う。



